私は、マンションを所有しており、複数の賃借人に対して、貸室を貸しています。
1室あたりの専有面積は65㎡、賃料は1か月10万円です。保証金(敷金)は40万円ですが、長く住まわれればその分貸室が傷み原状回復費用がかかりますので、敷引額は、①1年未満で転居された場合は18万円、②2年未満の場合は21万円、③3年未満の場合は24万円、④4年未満の場合は30万円、⑤5年未満の場合は30万円、⑥5年以上の場合は34万円とさせていただいております。
最近転居されることとなったAさんは、契約(2006年5月)から6年間住んでいただいた方ですが、このたび、転居にあたり敷金40万円から34万円も差し引かれることに納得ができないとおっしゃって、弁護士さんに相談にゆかれたそうです。
きけば、「消費者契約法」という法律があって、一方的に賃借人の方に不利な契約条項は、たとえ賃貸借契約書に取り決めていても効力がない(無効である)とのことです。
そのようなことをいわれても、私も、もし敷引額を例えば10万円としていたならば、もっと多くの借り手が見つかっていたはずですから、そもそもAさんはこの部屋を借りることができていなかったのではないかとも思います。また、私も空室がなくなり、賃料収入をもっと得ることができていたと思います。
契約のときではなく出てゆく段になって、契約条項(敷金を差し引く額に関する取り決め)が無効だというのは無茶だと思いますが、Aさんの言い分は正しいのでしょうか。
同様の事案において、最高裁判所は、当該敷引特約は「有効である」と判断していますので、Aさんの言い分は通らないと判断される可能性が高いです。
(説明)
1 消費者契約法10条は、信義誠実の原則に違反して消費者の利益を一方的に害する契約条項は無効であるとしています(注1)。
2 この問題の判断のポイントは、消費者には事業者と対等な情報が与えられず、交渉能力も乏しい、そのため、極度に不利な契約をさせられてしまっている場合がある。これを法律の力によって救済する必要があるかどうかという点にあります。
3 最高裁判所は、ご質問の場合と同様の事案、すなわち、契約締結後の経過年数に応じて賃料の2倍から3.5倍の敷引を行う旨の特約がされている場合において、当該特約条項を有効とする判断をしました(最高裁判所平成23年3月24日判決)。
その理由は、当該敷引額が、契約の経過年数や、建物の場所、専有面積などから考えた場合「通常損耗等の補修費用として通常想定される額」を大きく超えるものとまではいえないというものであったと解されます(注2)。
4 ご相談者様が、ご自身で、借主が普通に貸室を利用していても生ずる損耗についての補修費用がどのくらいになるかを考えられて、6年住まわれればおそらく30万円程度は必要となるなど、敷金40万円から34万円の金員を差し引いても、さほど利益をえるということにはならないとお考えになる場合には、おそらくは、当該敷引特約は有効とされる可能性が高いといえると思います。
ただ、より正確にいいますと、賃料を安く抑える代わりに敷引額を高く設定するなど高額な敷引額が合理的とされる場合もあるでしょうから、一律に、通常の補修費用より高額の敷引特約は無効となると言い切れるものでもありません。
こじれているような場合には、弁護士さんに相談するのも一つの方法だと思います。
注1:正確には、「①任意規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、②信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害する」場合に無効となりますが、有効か無効かの判断のポイントとなるのは、通常②のところです
注2:正確には、最高裁判所は、補修費用として通常想定される額のほか、賃料、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等、賃借人と賃貸人との間の金銭のやり取りの内容等を総合的に考えて、敷引金の額が高額に過ぎるかどうかを検討するべきだと述べています。一見、敷引額が、補修費用よりもかなり高額であって、消費者契約法10条により無効とされそうな事案であっても、その分、賃料を大幅に抑えた場合などは、有効となる場合もあります。