重度の認知症の父が相続放棄をする場合、どうしたらよいでしょうか。

Q 私の父は重度の認知症です。私の父の兄(伯父)が死亡し、この伯父は配偶者も子供もいないため、相続放棄が必要となっています。ただし、父は、認知症であるため、家庭裁判所に行くことも、字を書くこともできません。弁護士に依頼する場合も、弁護士との意思疎通が困難です。

A 認知症の症状にもよりますが、基本的には成年後見制度を利用して、相続放棄を行います。

1.相続放棄の手続の性質

 相続放棄の手続は、自らが今回の相続に関し、権利(及び義務)を放棄しますということを家庭裁判所に申述する手続です。そのため、お父様は、被相続人である伯父様の遺産の内容を知った上で、放棄するかしないかを決定するという判断を行う必要があります。すなわち、相続放棄という行為の「意味」を理解し、それがどういう効果を持つのか理解(たとえば遺産を受け継いだ場合のメリットやデメリットに関する理解)できる能力が必要となります。

 したがって、重度の認知症の場合にあっては、そうした理解が困難になりますので、そもそも家庭裁判所に対して相続放棄の手続を行うことが出来ないということになります。

2.相続放棄の期間手続の性質

 ご存知のとおり、相続放棄は、法律上「3ヶ月」以内にしなければならないとされています。ところで、この3ヶ月という要件は、正確には「自己のために相続の開始があったことを知った時」から計算するとされています(民法915条1項)。上記のように、深刻な認知症の方の場合「相続の開始があったことを知る」ということが不可能であり、期間制限が走り出さないと考えられています。つまりこの設例では、お父様は、伯父様が亡くなって、自らが相続する立場(放棄するかどうかを決めなければならない立場)であることを認識することが困難であるため、成年後見人が就任するまでは期間制限は開始しないとされています。

3.成年後見制度の利用は途中で終了できないことについて

 なお、現在の民法では、成年後見制度は、一度、開始すると、死亡日まで継続するという制度設計になっています。したがって、成年後見制度を利用するという「目的」が相続放棄をしたいという言わばスポット的なものであったとしても、それに限定した利用は出来ず、たとえば、認知症の状態で長生きをされた場合、その後、成年被後見人という状態が継続することになります。そのため、専門職の成年後見人が就任した場合にはその報酬が発生します。また、親族等の成年後見人が就任した場合には無報酬であっても、裁判所への報告をしなければならない状況は続くことになります。

4.認知症が軽度な場合

 上記は認知症が重度な場合を前提として説明をしました。認知症といっても程度は様々であり、ご本人が、たとえば親族関係を正しく理解されており、プラスの財産、マイナスの財産といったものも理解できる状態であれば、もちろん相続放棄は可能です。診断名として「認知症」という指摘があっても、それがどの程度であるのかについて、医師の診察も踏まえて、弁護士等にも相談することもなされるといいかもしれません。